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会社の業務中に怪我をしたり、通勤途中で怪我をした場合には、労災による各種の給付を受けることができます。
にもかかわらず、会社から次のように主張されて、労災の申請ができないケースがあります。
「治療費を会社が負担するので労災の申請をしないで欲しい。」
「わが社は労災に加入する必要の無い会社だから、労災には加入していない。」
「あなたは派遣社員なので労災の対象ではない。」
「労災の対象はもっと大きな怪我で、これくらいの怪我だと労災にはならない。」
実はこれらの発言、すべて「労災隠し」であり、違法なものであることをご存知ですか?
本記事では、労災隠しとはどのようなものか、そのペナルティ、労災に被災したにもかかわらず会社が労災隠しをした場合の対応方法などについてお伝えします。
労災隠しとは
労災隠しとはどのようなものか、労災の内容とともに確認しましょう。
労災隠しとは
労災隠しとは、労災(労働災害)が発生したにもかかわらず、法律上必要とされる会社が労働基準監督署への報告を怠ったり、虚偽の報告をすることをいいます。
労災・労災保険とは
前提となる労災とは、労働者が業務が原因でする病気や怪我、および通勤中の怪我のことをいいます。
労災には次の3つの種類があります。
業務上の災害:業務中に怪我をした(例:工場勤務で機会で怪我をした)
通勤途中の災害:自宅から会社に通勤途中に怪我をした(例:乗っていた電車が脱線して怪我をした)
業務上の疾病:業務が原因で病気になった(例:長時間労働が続き精神疾患となった)
これらの労災が発生したときに、被災した労働者にされる給付のことを労働者災害補償保険(労災保険)といいます。
例えば、治療にかかるお金・入院にかかるお金はもちろん、休業中の休業補償などを受けることができます。
これら労災保険は労働者が雇用されると必ず加入する必要があり、それはアルバイト・パートなどでも変わりません。
派遣社員も派遣元の会社が加入しています。
労災隠しはこれら労働者の保護のための制度が使えなくなるという不利益を労働者に強いるものです。
労災隠しはなぜ行われる?
労災保険は労働者を雇用した場合に必ず加入する必要があり、会社はその保険料の支払いをしています。
そうであれば、労災保険で給付を受けてもらったほうが良いとも思えるのですが、実際に労災隠しが行われる理由として、次のようなものが挙げられます。
労災に関する手続きが面倒
まず、労災に関する手続きが面倒であることが理由で、労災隠しをすることがあります。
労災が発生した場合、会社は労働基準監督署に報告するなどの義務があり、労災申請をするための手続きを行う必要があります。
小規模な会社で専属の人事担当者がいなければ、この手続きが面倒です。
そこで「これくらいの怪我では労災にならない」「派遣社員は労災の対象外」などと偽って、労災隠しをすることがあります。
労災の保険料が上がるのが困る
次に、労災保険の保険料が上がるのが困るという理由で労災隠しをすることがあります。
労災保険の保険料は全額会社負担で支払いをしています。
労災が発生して、労災保険を使用することで、労災保険の保険料が上がることがあり、これは会社の経費として負担となります。
そのため、「会社が費用を負担するから労働基準監督署には相談しないでほしい」と労働者に働きかけて労災隠しをすることがあります。
なお、労災が発生して労災保険の保険料があがるのは、雇用している人数が100人以上いる場合か、20人以上100人未満を雇用していて災害度係数が0.4以上である場合に限られます。
このことを知らずに労災隠しをしていることもあります。
実は労災保険に加入していない
実は労災保険に加入していないことが理由で労災隠しをすることがあります。
労災保険の保険料は会社が負担することになるため、中には労災保険に加入していないことがあります。
労災保険に加入しないことは違法で重いペナルティもあることから、労働者が労働基準監督署に相談をすると、会社が労災保険に加入していないことが労働基準監督署にわかってしまいます。
このような場合にも労災隠しをすることがあります。
2-4.労働安全衛生法違反を追及されかねない
会社が労働安全衛生法違反を追求されかねないことが理由で労災隠しをすることがあります。
従業員の就業環境を守るための法律に、労働安全衛生法があるのですが、会社が労働安全衛生法に定められた義務を守ってないことがあります。
労働安全衛生法に違反している場合、行政処分や、ケースによっては刑事事件となることがあります。
そのため、労災隠しをすることがあります。
会社のイメージが悪くなる
会社のイメージが悪くなることが理由で労災隠しをすることがあります。
労災が発生したことが公になることは、企業イメージに悪影響です。
規模の大きい会社となると、労災について報道などで報じられて広く知られることもあります。
そのため、労災隠しが行われることがあります。
建設業においては元請会社に迷惑をかけることになると考えてしまう
労災が比較的発生しやすい建設業において、下請会社の労働者が怪我をした場合に、元請会社に迷惑をかけたくないことが理由で、労災隠しをすることがあります。
建設業の労災保険については、現場ごとに下請会社は元請会社と一体とみなされ、工事に参加するすべての会社が一つの事業体として取り扱われることになっています。
そして、下請会社の労働者が怪我をした場合、元請会社の労災保険を使うことになります。
そのため、元請会社の保険料が上がることになります。
また、公共工事の指名を受けている場合、重大な労災事故があると、一定期間指名停止となることがあります。
そのため、元請会社に迷惑はかけられないと、労災隠しが行われることがあります。
労災隠しは違法!刑事罰もある
このような労災隠しは違法であり、ペナルティが科せられることを知っておきましょう。
労災隠しは違法である
労働安全衛生法100条1項・3項は、会社に必要な事項を報告させることができることが規定されており、これを受けた労働安全衛生規則97条は、労働者が労働災害で負傷・死亡・休業した場合の労働者死傷病報告をしなければならないとしています。
労災隠しはこれらの条文に違反するもので、違法であるといえます。
労災隠しの刑事罰
労災隠しには刑事罰があります。
上記の労働安全衛生法100条1項・3項に規定されている報告をしなかった場合や、虚偽の内容の報告をした場合には、労働安全衛生法120条5号で50万円以下の罰金刑に処する旨が規定されています。
労災隠しをされた場合の対応方法
労災隠しをされた場合には次のような対応が必要になります。
健康保険は利用しない
診察・治療をする場合の注意として、健康保険を利用しないようにしましょう。
労働災害は、健康保険法で健康保険の対象外とすることが定められています(健康保険法55条1項)。
健康保険を利用してしまうと、その後健康保険から労災保険へ切り替える際に手続が煩雑となる可能性があります。場合によっては、これまで発生している治療費の健康保険組合負担分7割相当額を被災者が全額立て替えることにもなります。
労働基準監督署に相談し自分で労災保険の申請をする
労働基準監督署に相談をして、自分で労災保険の申請を行いましょう。
労災保険は基本的には会社が手続きをするものですが、労災隠しをするような場合には、会社が適切な手続きを行わないことがあります。
このような場合には、労働安全衛生法に関する事務を取り扱う労働基準監督署に相談をして、必要な書類を受領して自分で申請を行うことができます。また、場合によっては労働基準監督署から会社に対して指導がなされ、会社からの労災申請を促してくれることも期待できるでしょう。
労災指定病院で診療・治療をうけると治療費の立替えが不要
10割負担の立替えは労働者にとって大きな負担となることがあります。
そのため、診療・治療については、労災指定病院で診療・治療を受けると良いでしょう。
労災指定病院で診療・治療を受ければ、労災である場合には診療・治療の費用の立替えの必要がありません。
労災指定病院は、インターネットで住んでいる地域に「労災指定病院」という検索キーワードを入れて探すと確認が可能です。
労災隠しをするような会社とは次のような点で争えることもある
ここまで労災隠しについてお伝えしましたが、労災隠しをするような会社については、次のような点でも争えることがあることも知っておいてください。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求
労災隠しをするような会社には、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をすることができる場合があります。
例えば、労災が原因で会社を休むことになった場合には、労災保険から休業補償等給付を受けることができます。
しかし、休業4日目以降からしか給付されず、現在は上限で給付基礎日額(労働基準法における平均賃金に相当)の80%しか受け取ることができません。
一方で、会社は労働者に対して、その生命・身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っています(安全配慮義務:労働契約法5条)。
これに違反した場合には、会社は労働者に損害賠償をする義務があります(民法709条)。
もし会社に安全配慮義務違反がある場合、労災保険で80%(特別支給金込)の補償を受けても、残り20%の損害については損害賠償の請求が可能です。
また、他にも傷害部分についての慰謝料や、後遺障害が残った際の後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益などの請求も可能となります。
未払い残業代など
労災隠しをするような会社の多くで、残業代を適切に支払っていないことがあります。
これらの請求にあわせて未払い残業代などを求めて争うことも可能です。
会社と争う場合には弁護士に相談することがお勧め
労災隠しについて会社と争う場合には必ず弁護士に相談しましょう。
労災隠しは明白な犯罪なのですが、会社がそのことを認識していないか、認識していてわざと労災隠しをしている場合があります。
このような場合の会社との交渉は非常に困難を極めるので、弁護士に相談し、ケースによっては弁護士に依頼をして代理人として交渉してもらうと、スムーズに解決します。
まずは、弁護士に相談をしてみましょう。
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